2024年1月26日、力強くちょっと滑稽な主人公がパワーアップして凱旋してきた。
濃厚な滋賀の匂いを相変わらずプンプンさせながら。
「成瀬は天下をとりにいく」の正統続編、「成瀬は信じた道をいく」宮島未奈著。
発売が決まってから、めっちゃ楽しみにしてました。
前作に対する私めの拙い読書感想文はこちらです。
前作の売り上げは非常に好調で、映像化など何らかの展開は必ずあると思っていましたが、先にまさかの続編。
前回の終わりは主人公成瀬あかりの今後を明るく照らす気持ちのいい読後感だったので、成瀬やゼゼカラのその後を知りたいような、そのままあれこれ想像の中で終わってもいいような複雑な感傷や感情が入り混じっていたのですが、
やっぱり成瀬あかり史を少しでも知っておきたい
というのがファンとしての本音です。自分と同じような読者もきっと多いと思います。
今回のタイトルは「信じた道をいく」。
天下を舞台に大きく羽ばたくために、信念を持って突き進む前作より少し成長した成瀬が描かれています。
その成瀬の道に並行するように、あるいは交差するように交わる5人の道。
今回はそれぞれ成瀬に関わる5章5人の視点から、それぞれの信じる道に触れていきたいと思います。
ネタバレ含みます。真っ白なまま読みたい未読の方は是非今作及び前作を読んでからご覧ください。
本題に入る前に成瀬シリーズの概要をおさらい
今作の話題に触れる前に前作の概要及び主人公「成瀬あかり」について少しだけご紹介。
前作「成瀬は天下を取りにいく」と今作「成瀬は信じた道をいく」は一貫して成瀬あかりという少女が主人公の物語です。
「天下を取りにいく」では中学2年生の夏から高校3年生の夏までの期間を5つのエピソードに分けて描き、
「信じた道をいく」では前作のすぐ後の大学受験を控えている高校3年生から大学生になった最初の正月までを物語の期間として切り取られています。
成瀬というキャラクターの特徴をいくつか挙げるとすれば
- 発想が奇抜で行動的であり、
- 且つ物事に対して周到で計算高く、
- 人に対して親切で正義感が強い。
といった側面があります。
非常な秀才で大人からは一目置かれている反面、奇矯な言動から同級生からの評判は良くないことが多いという人によって評価の振れ幅が大きいキャラ。
独特な成瀬口調と何を考えているのかわからないポーカーフェイスの無表情で、関わる人々に様々な影響を与えながら日々を過ごしています。
勉学や運動が抜群なだけでなく、
けん玉、かるた、絵画、など技能に堪能で興味を持ったことにはどんなことであれ積極的に挑戦していく性質の持ち主。
その中でも長く続けている活動の一つとして、
親友の同級生島崎みゆきと組んだ漫才コンビ「ゼゼカラ」を中学2年生から現在まで漫才の域を超えたライフワークとして行っています。
成瀬シリーズはそんなちょっと変わった主人公が、滋賀は大津を舞台に大きく羽ばたいていく(かもしれない)顛末を淡々とユーモラスに描いた物語です。
未来を見据えて憧れの背を追う道をいく
第1章「ときめきっ子タイム」の主観は北川みらい。
ときめき小学校の4年生で、地域イベントの際司会の漫才コンビゼゼカラ(成瀬あかり、島崎みゆき)とひょんなことから縁をもちます。
地元の人間が漫才コンビ(しかも女子高生)で活動していることに感動し、あるきっかけで成瀬の人となりも知った彼女は瞬く間に成瀬に傾倒していきます。
まさに降って沸いたかのような彼女にとっての地元のヒーロー。
ちなみに成瀬のこの章時点でのスペックとエピソードは
- 県内有数の進学校膳所高校の成績優等生。
- 京都大学受験進学予定。
- M1グランプリ出場経験もある漫才コンビゼゼカラの1人。
- 女子高生ながら地域イベントの司会を任されている。
- 小学生時代に表彰された句や絵が今でも飾られている多能家。
- 一度聞いた自分の名前を覚えていてくれている。
・・・・ちょっとすごくね?これでなんでクラスメイトに変人扱いされてるのか。
みらいならずとも魅了されてもおかしくない。といっても高校かるた部で「なるぴょん」呼びされるほど馴染んだりもしているけども。
兎にも角にもここにまた異端扱いされがちな成瀬に数少ない心酔者が爆誕。
そこでみらいは学校の授業で地元の人を取材するという題材にゼゼカラを猛プッシュすることになるのですが。というお話。
小学生である彼女は今まで学校の中の小さな世界しか知らず、学校生活やイベントを過ごすごく普通の子供でした。
が、成瀬に傾倒していくうち彼女の行動力に感化され、今までクラスメイトと合わせることしかできなかった自分の人生や未来に対して深く考え始めることになります。
初めての憧れを前にして、初めて訪れた自我。
自分の小学生の頃ってどうだったかな。夢や憧れはあったけど具体的なものではなかった気がする。
北川みらいは成瀬のような強烈な歩み方こそしないかもしれませんが、きっと憧れの背中を追って刺激的で立派な未来を歩むことになると思います。
このヒーロー像が大人になるにつれて色褪せることがたとえあったとしても。
父は娘の信じた道を支える道をいく
第2章「成瀬慶彦の憂鬱」の主観は成瀬パパ、成瀬慶彦。
におの浜のとあるマンションに成瀬あかりと同居しているごく普通の父親で、大学進学を控えている娘を陰ながら見守り支えています。
前作から成瀬母である美貴子はすでに登場していましたが、今回具体的なキャラとしては成瀬父初登場。
ごく普通、としか言いようのないくらい娘に対して普通の反応をするお父さんで好感が持てます。むしろ成瀬母よりも娘のことを気にかけている描写盛りだくさん。
この両親からどうして成瀬みたいな娘が育ったのか正直不思議でなりません。エピソードを見るに別に学業や習い事を強制したわけでもなさそうです。
この章のあらすじは大学受験を控えた娘、成瀬あかりが、家族の共用パソコンの検索履歴(成瀬はこの時点でも個人のスマホを所有していない)から賃貸物件の情報収集をしていることが判明し、成瀬パパが苦悩する、というお話。
個性の強い娘に難儀しつつも、力になってやりたい親心
大人しく冷めがちな美貴子よりも慶彦の方が成瀬に対しての愛情が深いようで、娘が大学進学を機に一人暮らしを始める計画があるのではないかと思い悩み、寂しさを感じつつ、最後には娘を後押ししていこうと心に決めて行動します。
前回から何となくわかっていたけど、成瀬って普通の家庭で育ったんだなあ。
本人の力だけで秀才、変人の道を歩んでいたようです。誰に影響を受けたのでしょう。
少しでも娘の力になりたくて京都大学の受験まで付き添いでゆく、という過保護っぷり。
その最中、高知からきた同じ京大受験生でYouTuberの城山と知り合い、成瀬の過剰な親切心で家に宿泊させてやるなどの珍エピソードもありましたが、成瀬はYouTuberが自信をなくすほど強烈な個性の持ち主のようです。
結局、物件探しの件は京都に出てくる広島の友達のためにアドバイスするためだけだったというオチがついて終わるのですが、秀才奇行の娘のために悩みつつもひと肌脱ごうと考える成瀬パパはなんだかんだ成瀬の父親に相応しいかっこいいお父さんでした。
ところで広島の友達って絶対西浦だろ。そうだろ。
成瀬お父さんもいつか娘の異性関係で憂鬱になる時が来るのでしょうか。
細かすぎて伝わらない正義に悩みながらも最後は信じた正義をいく
第3章「やめたいクレーマー」の主観は呉間言美(くれまことみ)。
名は体を表すのか生粋のクレーマー体質で、自分の暮らしの中に少しでも不実があると相手に是正を求めてしまう細かすぎて伝わらない正義感と繊細な観察眼の持ち主。
本人も自分の厄介な気質には気づいているようで、こんな過剰な行為は控えたいという思いを抱えているようです。
しかし気づけばこれは相手にとってもためになる行為と、今日も明日もお店の要望アンケート「お客様の声」にペンを取ります。
平和堂が経営するフレンドマートというスーパーマーケットでお馴染みのクレーム記入を行っていた時、大学進学後スーパーでバイトを始めていた成瀬と出会い、
「万引き犯を見つけるのに協力してほしい」
という突飛なお願いをされるというのがこの章のあらすじ。
常に我が道をゆく成瀬とは最初から馬が合わないようで(前作でもこういった繊細で神経質なキャラクターとはそりが合わない描写は多い)彼女のお願いを頭から撥ねつけます。
成瀬に悪気はないんだろうが、年上相手でも結構気をつかわないタイプよね。誰に対してもタメ口(成瀬口調)だし。
世間の常識と自分の正義のズレとの葛藤
この章の主人公(主観)である彼女は狭量で多少独善的であり、あまり読者に好まれるキャラクターではありませんが、
物事に対して自分でも理不尽と思える勝手な怒りを覚えたり、周りとは違う自分の理屈の中だけの正しさにふと世間とのズレや疑問を感じたりすることは時々あります。
誰にでもある「ズレた自分だけの正義と信念」。
すったもんだがあった末に彼女の一助によって万引き事件は一応の解決を迎えることになり、言美は成瀬から感謝されることになります。
彼女はクレーマー気質の自分に日々悩みながらも、そんな繊細な自分だからこそできることがあることに少しだけ光明を見出しました。
正義を貫くことは大事だけど、方法は考えないとね。
最後までなんとなくそりの合わない言美と成瀬ですが、ひょっとしたら成瀬の迷いのないド直球の正義感は彼女に眩しすぎるのかも。いつか分かり合える日が来るといいですね。
レールに敷かれた人生よりも、レールを選ぶ人生をいく
第4章「コンビーフはうまい」の主観は篠原かれん。
成瀬の一つ年上の上級生で祖母と母、「びわ湖大津観光大使」を2代続けて輩出した家柄の生まれ。
もちろん一家を挙げて3代連続を目指してきており、本人もそのつもりで観光大使オーディションを受けて見事選ばれています。
例年2人選出される観光大使の相方に成瀬が選ばれて出会うのが物語の始まり。
かれんは幼いころから観光大使としての教養を受けて来ており、本人もそれを当然のこととして受け止めてきたのですが、成瀬と観光大使として活動していくうちに自分の人生を省みて疑問が生じてきます。
人が決めて人が作ったレールを歩んできた借り物の人生。
相方の成瀬が観光大使になった理由は自分の愛する滋賀県大津の魅力を全国にアピールし、知ってもらうこと。
対して観光大使になるということが目的そのものだったかれんは成瀬の強い個性と本気度を前にして、たじろぎ圧倒されます。
それと同時にそんな成瀬を認め、共に観光大使としての活動を懸命に行うように。
最初は成瀬の当て馬的存在で嫉妬から嫌がらせするキャラになるのかと思ったけど、かなりいい人なんだよね。
「自分」が本当になりたい「自分」は何なのか
そして意外な裏の顔として、彼女は隠れ鉄オタ。
唯一自発的に始めた鉄道趣味を密かに心の拠り所にしていました。
観光大使の勉強のため滋賀県内の観光地ばかりに連れていかれていたかれんが電車に惹かれたのは「遠くに行ける」ということに限りない魅力を覚えていたためでした。
ひょっとしたらいい子を演じていた子供のころから、家族のやり方に反発、逃避の気持ちをずっと潜在的に持ち続けていたのかもしれません。
大津市代表として、観光大使のNO.1を決める観光大使‐1グランプリ近畿予選に出場し、日本一を狙うよりも自分たちの持ち味をだそう、と決めた彼女は成瀬と共に持ち前の個性と特技で見事なパフォーマンスを発揮してステージを乗り切ります。
全国大会には進めなかったものの、審査員特別賞を獲得したかれんはびわ湖大津観光大使になってよかったと初めて心から思うことが出来ました。
人が敷いていたレールから離れて、初めて自分の乗りたい列車に乗り込んだ彼女の人生はきっと素晴らしいものになるはずです。
これからは自分の人生を生きると決めたかれんに幸あれ。あんた、最高に映えてるよ。
少し離れた道を、ふたり並んで歩いていく
第5章「探さないでください」、最終章としての主観は島崎みゆき。
この章は前作「ときめき江州音頭」のアンサー。
ともいえる筋立てになっています。
大学進学して1年、ゼゼカラのふたり成瀬あかりと島崎みゆきは滋賀と東京に離れてそれぞれの生活を送っていました。
その年の年末、サプライズで成瀬に内緒で滋賀へと帰省した島崎に待っていたのは
「探さないでください」
という書置きを残して、すれ違うように失踪した成瀬の逆サプライズ。
家族も周りも頭を抱える中、大学生になって初めて持ったスマホさえ置いて忽然と消えた成瀬の大捜索が始まる、という内容。
島崎視点の登板は前作と合わせてこれで3章目。
「成瀬は天下を取りにいく」では、
- ありがとう西武大津店
- 膳所から来ました
の2つのお話に成瀬の相棒として、また成瀬あかり史の観測者として行動を共にし、
今作の
- 探さないでください
でも成瀬の奇抜な行動に振り回されながら騒動の終息に向けて動いていきます。
成瀬にとっての島崎、島崎にとっての成瀬
成瀬のいない滋賀大津で大捜索を続けている過程で、北川みらいや篠原かれんに協力を仰いでいる一方、彼女たちが自分より今の成瀬を理解していることに対して寂しさや嫉妬を覚えていく描写がなされています。
ここに、前作の最終章との対比にような印象を受けました。
ときめき江州音頭では、成瀬あかりが親友が離れて大事な空間がぽっかり空いてしまう不安でバランスを崩し、
探さないでくださいでは、島崎みゆきが相方の空いた隣が時間によって埋まってしまうことの焦燥を覚えている。
島崎みゆきというキャラクターは、北川みらいが言及していたように一見いわゆる
‟普通の人”
であり、成瀬のような幼少のころからのすごいエピソードや奇矯な言動が一切見られません。
人間的傾斜の激しい成瀬のゴテゴテのパーツにぴったりと収まるようなバランス感覚や包容力を持っている稀有な存在。
ゼゼカラがずっと続いていられるのは正直彼女の功績だと思う。
自分視点ではない他のエピソードでも彼女は何回か脇役としてスポット的に登場していますが、どの章でも彼女の懐の深さや人間的優しさ、包容力がにじみ出ていて普通の人どころか成瀬の相方はやっぱりこの人しかいないんじゃないか、と思わせるところがちらほらと出てきます。
その島崎らしさがこの章に限っては成瀬が見つからないことによって少し刺々しくなっているのが、現在のふたりの距離感を表してるようでもどかしい。
成瀬はこれからも信じた道をいく
成瀬の目撃情報は関ヶ原から名古屋城、名古屋駅から島崎の住んでいる東京の家へと。
神出鬼没の成瀬を探せ!ミステリーツアーは「大みそかにサプライズで島崎に会いに行った」ということが判明して捜索班一同は胸をなでおろし、一応の解決を見ます。
ところが成瀬はさらに予想外の大舞台へ。
『島崎、私はいつか○○○○○に出ようと思う。』
いつかの学校の帰り道で成瀬から聞いていた島崎は、液晶画面の向こう側でけん玉を決める成瀬を見てゲラゲラ笑ってしまいます。
また成瀬あかり史に変な歴史が刻まれた。こら笑うしかないわ。
年が変わる寸前に滋賀へと舞い戻ってきた成瀬と大みそか&初詣を共にした島崎は、これからもずっと成瀬を見ていられますように、と密かにお願いをします。
成瀬は何を願ったのでしょうか。
沢山のことをやりたがる成瀬ですから、沢山願ったのかもしれないし、読者からは及びもつかないような大きな願い事をしたのかもしれません。
その願いを叶えた先にゼゼカラが、島崎が横にいたらいいなと
いち読者としては願いつつ、また奇想天外な成瀬のその後を見たいと思える作品でした。
次はどんな展開が待ち構えてるのか。映像化とかも期待します!
次いでといっては何ですが去年滋賀大津に聖地巡礼の旅に行った記事もありますのでよろしければ是非。
追記:「成瀬は天下を取りにいく」漫画化おめでとうございます!くらげバンチにて構成:さかなこうじ氏、漫画:小畠泪氏という重厚な滋賀勢で連載中!