小江戸、というキーワードを聞いたとき一番最初に思い浮かぶ町はどこでしょう?
その名の通り江戸時代を感じさせる街並みを冠する場所は日本各地に存在します。
千葉県香取市佐原。測量日本地図で有名な伊能忠敬出身の地。
栃木県栃木市栃木。水運の街並みが美しい観光名所。
神奈川県厚木市厚木。東海道の宿場町として栄えた殷賑の街並み。
しかし、一番最初に挙げるとすればやはり川越でしょう。
埼玉県川越市小江戸蔵造りの町。
江戸時代から「世に小京都は数あれど、小江戸は川越ばかりなり」と謳われた、まさに小江戸の中の小江戸。KING of COEDO。
ちょっと小江戸に行ってくる!
お膝元の佐原、大多喜ではなく小江戸の本場川越へー。
若干の後ろめたさを感じつつ、蔵の街並み、楽しんで参ります!
埼玉県川越ってどんな町?
埼玉県川越市は、県の中央からやや左の秩父寄りにある埼玉県屈指の観光街。
街を挙げて小江戸ブランドを推している活気のある街で、東武東上線、西武新宿線、川越線などが入り混じる交通の要衝でもあります。
駅前には大きなルミネなどがあり都会の装いを見せますが、そこかしこに古い街並みを残していて当時から栄えていた片鱗が見え隠れしている地。
江戸期に繁栄していた記録がありますが、それ以前よりこの地は扇谷上杉氏の家臣で戦国初期の関東の大立者太田道真、道灌父子が川越城を設計して重要な拠点を築いた歴史のある街です。
有名な蔵通りなど文化的な価値のある建物が多く、また大小の神社仏閣も至る所にあることから、観光客から参拝客までが途切れなく賑わう場所でもあります。
関東屈指の初詣スポットである川越大師喜多院のお膝元ですね。
大宮の武蔵一宮氷川神社に匹敵する埼玉県民定番の天台宗の寺院で大黒天様を祀ってあることでも有名です。
東武東上線川越駅から七福神を訪ねながら蔵通りへ
池袋から東武東上線で約30分弱。急行も出ていて結構早く着きます。
改札から出ると左手にすぐ観光案内所があり、こんなパンフレットが。
七福神巡りか。これは行くしかないっしょ。
・・・これがすべての苦労の始まりだとは、誰も想像していませんでしたとさ。
HAHAHA!縁起でもない。
まず手始めに①の毘沙門天にご挨拶に行きます。妙善寺(みょうぜんじ)というお寺です。
駅から東口に出てすぐ。こじんまりとした寺で結構新しいのは昭和53年に再建されたものだからだそう。
旧堂宇は天明8年(1788年)に火災で焼失していますので、かなり再建に時を置いているようです。
毘沙門天は上杉謙信が掲げて尊崇していたイメージから武一辺倒の神の印象を受けますが、左手に持つ宝塔より無限の宝を衆生に与える福徳の神でもあります。
七福神巡礼の前にちょっと気になるところに寄り道!
少し北上したところに川越八幡宮があります。
ここは七福神巡りとは関係ありませんが、健康の神様なので是非お詣りしておきたいところ。
特に足腰と目の神様を祀ってあるとのことなので、去年苦労した体の節々を快癒できるようお詣りしておきましょう。
ルートを戻って東へ向かい、②の寿老人が祀ってある天然寺(てんねんじ)へ。
天然寺は慈覚大師草創の地という伝承がありますが、創建は栄海上人と言われています。
寺に祀られている寿老人は左手に長寿のしるしである桃を携えており、長寿の神様として敬われていて、この後登場する福禄寿とは同体異名という説も。
ところでこの七福神ツアー、今のところ小江戸感が一切ない。
そら、川越の中核である中央通り(昭和の町)や蔵造りの街並みがある仲町からずいぶん外れているっスからね。
しかしこれからが本番。次は大黒天が祀られている
「喜多院」
に向かいます。ここから川越の中心部の一角となってくるところ。
埼玉県有数の敷地面積を誇る寺院は興味があります。とても楽しみです。
関東有数の初詣参詣客数を持つ喜多院を訪れる
関東地方第3位の人口を有する埼玉県には、多数の初詣客を吸収できるだけの大きな神社仏閣がいくつもあります。
その一翼が川越市にある喜多院(きたいん。川越大師とも)。
アニメ「らきすた」でも有名な聖地である鷲宮神社(埼玉県久喜市)と匹敵する人気があり、川越市民や周辺の地域の方々に愛されている川越名物のひとつです。
喜多院は本当に由緒あるお寺で、一部に江戸城の別殿が移築されています。
1638年川越大火で喜多院は一旦消失しましたが、将軍家光の肝煎りで再建されました。今でも文化財として拝観可能なので是非川越見物の一つとして楽しんでみてください。
敷地も広く、日本三大東照宮の一つである仙波東照宮や成田山新勝寺の出先である成田山川越別院などと連なっており、大きな宗教地域となっています。
お守りなどの他に飲食できるお店やお土産も買えるお店もあるので長っ尻には居心地の良い寺院。
有料で拝観できる場所もあります。五百羅漢もそのひとつ。
ここは七福神巡りのお寺でもあり、祀られているのは③の大黒天。
記念に大黒天守を授かります。
よし、ちゃっちゃと回ろう!
時間が押してますな。やっぱり七福神は結構町中に散らばって離れているみたいです。
スタンプラリーもできたのですが、最初に押し忘れたのと押すための紙がなかったので断念。七福神巡りをする方は自分を反面教師にして是非スタンプを押しながら回ると良いと思います(泣
こんな絵馬や色紙も各寺院で取り扱っています。受付は毎月1日。本格的に七福神巡りをしたい方は毎月1日(元旦~7日もあり)の御縁日に授かってみてください。
早く回らないと蔵造りの街並みや時の鐘を見学する時間がなくなってしまいます。急げや急げ。
成田山別院から蔵造りの街並みへ
七福神耐久マラソンはまだ続く。
すぐ隣の成田山別院が恵比寿天のおわす4番目の場所。しかし成田山のメインは不動明王。
千葉県の成田山新勝寺が本社であり、ここは川越出張所とも言える別院です。
成田山新勝寺について書いた記事がこちらになります。よろしければ読んでみてください。
恵比寿天は異郷外来の神様であり、外より来臨して人々に福をもたらす縁起の良い神様です。
ここから左手に向かい、蔵造りの街並みの通りの方へと向かいます。
中央通りの十字路を北に向かうとすぐ左手に蓮馨寺(れんけいじ)というお寺が。
子育呑龍上人として親しまれている呑龍様は全ての願いを叶えるという太っ腹な神様で、川越の人たちに親しまれています。
もちろん七福神リレーのひとつ。祀られているのは⑤の福禄寿神。
幸福、高禄、長寿の三徳を具え人々に与え給う、これまた太っ腹な七福神です。
ここからいかにもイメージ通りの川越の街並みが見え始めてきました。
やっと川越に来た!という感じがする。
この間実に1時間半かかっているっス。無謀な徒歩旅敢行中っス。
ちなみに市中巡回バスやレンタサイクルの存在もあることを付け加えておきます。(お金のある人はタクシーも)
明治の失火後にできた耐火構造の蔵造りのモダンな街並み
川越仲町通り蔵造りの街並み。
江戸期より小江戸の評判名高い川越の街並みですが、現在の蔵造りになったのは明治26年に町が大火により焼け落ちたあと、復興の際に耐火建築を採用して石造り、蔵造りの建物を建てたのが現在の街並みの基礎となっています。
「重要伝統的建造物群保存地区」として指定され、約20棟が古いながらも堅牢な蔵造りの建物を現役の商店として使用して営業していて川越観光のメッカとして栄えています。
重厚で風情ある蔵造りの建物群。
からのプリクラ、ガチャガチャのミスマッチなお店があったりします。古い建物が並ぶ割にお店は意外とカオス空間です。
お土産物屋から、郵便局から、お食事処から、テイクアウトの食べ歩き店まで。
エネルギー補給に黄金だんごを頂きます。
おかきにたこせん、芋チップス、芋プリンはむはむっ!
・・・・えーとあの、鰻は?
日が悪かったのか鰻は定休日のお食事処が多く、空いているお店は競争率が高くて入るのに躊躇するレベルです。
今回はおいしい食事はお預けとして、食べ歩きで済ましてしまおうと思います。
蔵の街には食事処はいくつかありますが、お店自体はさほど大きいところはなく、お昼時には込み合うので注意が必要。
その代わり川越名物の食べ歩きのための持ち帰り専門店も結構あります。それで腹を満たすのもまた小江戸の粋な食事の仕方。
行列ができていたので避けましたが鰻の串焼きもありました。
小江戸川越の象徴「時の鐘」から川越城跡へ
仲町通りの途中右手側の道に入ると
川越の象徴的建造物である「時の鐘」。
市指定文化財である時の鐘は、川越藩主酒井忠勝が建てた鐘楼であり川越大火の際焼失し再建したもの。
現在も時を刻む役割を果たし、1日4回鐘の音を聞くことができます。
鐘楼の奥には小さいながら薬師神社が建っています。
さて、ここからさらに東に進路をとって川越市役所へ。
川越市役所前には戦国初期川越城(河越城。初雁城、霧隠城とも)を設計した築城の名人太田道灌の像があり、その手前には大手門跡という標があります。
ここから東に川越城跡が公園施設として残っていますが、この表記から城郭はこのあたりまで敷地内であったようです。
他に市立博物館、私立美術館、県立川越高校も旧城郭範囲でかなりの規模間を持った重要な拠点だったようです。
平城としては広大で関東の実力者であった扇谷上杉氏の勢力の大きさが伺えますし、築城者として現在も崇められている太田道灌の威福が分かります。
県指定文化財の川越城本丸御殿がある初雁城址公園。
1848年に作られた本丸御殿大広間は日本で現存しているのは高知城の他、川越城のみという貴重な文化財。
残念なことに訪問した日は休館で中を見学はできませんでした。
屋根付きの大きな休憩所や清潔なトイレもあり、自分のように川越の街歩きをしている人はお店に入らずに休憩できる貴重なスポットとなっています。
大広間は実際に見学したかったなあ。また来た時のための楽しみにとっておこう。
ちなみに初雁公園は隣に球場やプールがありますが、2032年までに移転して公園再編計画が行われるそうです。
今度来るときはどんな装いになっているでしょうか。
川越鎮護の最古の神社「川越氷川神社」
ここからさらに北上すると川越周辺では最も古い神社であり、一帯の総鎮守として尊崇されてきた
川越氷川神社
があります。
約1500年前に創建されたといわれる歴史深い神社であり、縁結びの神様としても知られています。古墳が作られていた時代から続いている神社はなかなか珍しい。
本社は武蔵一宮氷川神社ですが、こちらも地域行事やイベントなどが数多く行われており、川越の重要な神事の役割をなしています。
それほど規模は大きくないけども、大鳥居があって厳かな雰囲気のある神社です。
川越の中心街からは外れになりますが、その分お詣りするには静かでとてもいい場所ですよ。観光客や参拝者も結構いましたね。
氷川神社周辺には新河岸川も近くに流れており、桜の見どころとして春になれば川沿いに桜並木が咲き乱れます。
少し北に行けばヤオコー川越美術館があり、洋画家の三栖右嗣(みすゆうじ)氏の作品が観覧できるので川越市立美術館、博物館、川越城本丸御殿と合わせて歴史や芸術をたくさん堪能する観光も可能です。興味のある方は是非。
七福神巡りラストスパートは福禄寿&弁財天
さて、南西に進路を取り、再び蔵造りの通り方面に戻ります。そこからさらに西へ。
新河岸川という川に当たったら沿って下に進み、
見立寺(けんりゅうじ)という寺院に到着。ここが七福神6番目の布袋尊。
布袋尊は中国に実在した唐代の禅僧で契此というお坊さん。各地を放浪して人々に吉凶占いと福を施す旅をしていた徳の高い禅僧だったそうです。
未来菩薩の化身とも伝えられています。
七福神めぐりのお寺ですが、普通に一般の方の墓地も敷地内に入っている地域密着型の寺院なので、マナーを守ってお詣りを済ませましょう。
さらにここから住宅街を通って南下します。
七福神最後のお寺妙昌寺。7番めの七福神は弁財天。
七福神の紅一点であり、弁舌、芸術、財福、延寿と実に多彩な福を授けてくれる万能福の神です。
その器用さで商売人からだけでなく、芸を生業としている人々からも信仰を集めている人気の女神様。
これにて七福神コンプリート!疲れたよー!
やっぱり全徒歩は結構無謀だったスね。
小江戸巡回バス(川越駅西口。フリーパス500円)や小江戸名所めぐりバス(川越駅東口。フリーパス400円)を利用すると大分移動が速くなるので、時刻表や運行状況を見ながらスケジュールを組むともう少し楽な旅ができると思います。
本当にハーフマラソン並みの距離歩いてるじゃねえかっ!
いややりだしたのアンタでしょ。
次川越に遊びに来るときはじっくり美術や歴史を観覧できる施設を巡ってみたいと思います。あと鰻!
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